Russel H. Cowell
ラッセエル H コンウェル

テンプル大学の歴史が始まったのは1884年のことです。ある勤労青年が、フィラデルフィアのグレース・バプティスト教会のよく知られている牧師だったラッセエル H コンウェルに、自分の夜間家庭教師をしてもらえないかと尋ねたことがきっかけでした。コンウェルはすぐに了承し、程なく数十人の学生に教えるようになります。学生たちは夜しか授業に出席できない労働者でしたが、彼らには立身出世したいという強い意志がありました。

教会の地下室で始まったこの夜間学校が急拡大したため、コンウェルはボランティアの教員を募り、そして1888年には「テンプル・カレッジ」として基本定款を取得します。学校創立時のコンウェルによる構想は、生い立ちや資産と関係なく、学力が高く意欲的な学生に優れた教育機会を提供する、というものでした。

ラッセエル H コンウェルについてもっと詳しく学ぶ 

「偉大さとは、わずかな財力で偉業を成す時に真に達成される」

 - ラッセエル H コンウェル

mainhistory2
コンウェル博士の著書、「富と幸福の探し方(原題:Acres of Diamonds)」演説からの引用

富と幸福の探し方(原題:Acres of Diamonds)

『富と幸福の探し方』は、テンプル大学が果たすべき使命の背景にあるラッセエル H コンウェルの最も有名な演説です。

 『富と幸福の探し方 (原題:Acres of Diamonds)』を読む。 

 

創立したばかりの大学は成長を続け、1888年にテンプル・カレッジとしたのに続き、1907年には「テンプル・ユニバーシティ」として組織化されました。1965年にペンシルベニア州の公的な総合大学研究機関としてThe Commonwealth System of Higher Educationより正式に認可を受けています。その後の数十年を通してカリキュラムと学生数を増やし、現在では35,000人を超えるテンプル大学生たちが、学業、研究、運動、芸術やその他の分野へ極限まで熱心に取り組み、「Perseverantia Vincit(永続力が最後に勝つ)」あるいは「Perseverance Conquers(不屈の努力が勝者を生む)」という大学理念に従っています。