学長室だより

言うべきことを言い、するべきことを行動に移す昭和女子大学

2019年09月06日

私は42年以上にわたり、東京の移り変わりをみてきました。その中で文部省(現在の文部科学省)や日本政府が国際化とグローバル人材の育成、多様性発展の必要性を推進するのを繰り返し耳にしてきました。70年代、私は友人たちとよく沼部近辺の多摩川の川辺のグラウンドでラグビーボールをパスし合いながら走っていましたが、決まって近所の子供たちが「おーいガイジン、おれたちにもボールを投げてくれよ」と大声を上げながら後を追ってきたものです。当時は東京に住み、日本語を話し、東洋の謎めいた流儀を理解する外国人は珍鳥のように見なされていました。近ごろでは、東京に住みながらやっと通じる程度の日本語しか話せず、礼儀作法の基本さえ理解しない外国人は、不信の目で見られるまでになりました。いくぶんノスタルジック的な「昔と今」の例を挙げるなら何ページも綴ることができますが、要するに物事は変わったということです。日本の他の地域については分かりませんが、東京は1970年代とは比べものにならないほど美しく清潔でオープンに、そして多様性のある友好的な都市になりました。

しかしながら、日本の中で東京は重要な都市ではありますが、東京イコール日本ではないし、もっとそうであるべきほど、またそうなれる可能性があるほど先進的な都市にはなれてはいません。「日本人論」や日本人とは何かという議論に見られたとおり、1970年代後半から1980年代にかけて日本の例外主義、つまり日本は他のどんな国や国民とも異なり、他の人々の基準では判断できず、他の民族より絶対的に優れているという信念が、一般的に非常に広く語られていました。バブル崩壊後の不景気により減退したものの、日本の例外主義は世の中の多くの面にいまなお続き、真の国際力や国際競争力を高めるために必要な改革を受け入れる妨げとなっています。物事が一定のやり方で行われることについて、「自分たちは日本人だから、ここは日本だから、物事は日本のやり方で進めるんだ」という説明がされる傾向がしばしばあります。以前、日本の大学の外国人学長としてその大学の改革案をいくつか提案したとき、同僚である職員から「でも学長、うちは日本の大学なんです」と言われたことは今も印象に残っています。 16世紀前半の徳川時代の始まり以降の日本の歴史を振り返ると、多様性というものは21世紀の尺度では否定的なものであったと理解でき、また開放性は19世紀半ばから20世紀半ば、必要に迫られた時期にのみ実践されたことが分かります。それでは文部科学省、経団連、大学協会、2020年オリンピック委員会が口をそろえてグローバリゼーション、開放性、多様性が必要だと訴える今、一体誰が必要な政策や行動の実行を主導するのでしょうか。

有言実行が難しい現実の中、ただかけ声を上げるだけでなく、きちんと「実行」に移した機関を私は知っています。それは昭和女子大学です。さらなる国際競争力、開放性、多様性を求めて進めた大学改革の時代の始まりとも言える国立大学法人法の制定から14年、多くの改革が徐々に起こりました。例えば東京大学では学生に秋入学を認めると発表しました。しかし、日本の高等教育の枠組みを変えることを目的とした真の根本的変化は起きていません。TUJ と提携を進めようとする昭和女子大学の精神が傑出していると思うのはそのためです。

謙遜や誇張抜きで言いますが、TUJは日本で一番多様性があり国際的な機関とは言わないまでも、間違いなくそのうちの一つです。TUJと提携しキャンパスを共有することで、昭和女子大学は多様性と開放性と国際性の本物の雰囲気をつくりだすことに一歩前進し飛躍を遂げているのです。これは意外なことではありません。坂東眞理子理事長・総長と大学首脳陣たちは、日本の大学がグローバル人材を育てることの必要性をいち早く理解しました。昭和女子大学は大学の国際競争力を高めるための多くのプログラムや取り組みを以前から展開していました。英語のカリキュラムを強みとしており、英語によるより充実した授業を取り入れ、ビジネスデザイン学科をつくりました。ビジネスデザイン学科は昭和女子大学で留学を必須とする3つめの学科です。また、デンマークのビジネスアカデミーオーフスやコロラド大学など外国の多くの機関と関係を築いています。現在、世界に42校のパートナー大学があり、毎年およそ100人の学生がそこで学んでいます。またアメリカ国内にキャンパスを持つ数少ない日本の大学の一つでもあり、1988年からボストンキャンパスで英語をベースとした語学教育体験を学生に提供しています。毎年500人ほどの昭和女子大学の学生がボストンキャンパスで勉強し、350人が1学期以上、滞在しています。

この3年間、昭和女子大学とTUJが新キャンパスプロジェクトを協力しながら推進してきたことを考えれば、TUJが最も深いつながりを持つパートナーが昭和女子大学であることは明らかです。単位互換プログラムでは2016年以降、60人以上の昭和女子大学の学生がTUJで学んでいます。2019年春学期にはTUJの男子学生一人が昭和女子大学の学部課程の授業を履修するという、新境地を開きました。また共同で数多くのシンポジウムも開催し、様々なテーマを取り上げてきました。昭和女子大学の学生たちはすでに両校のダブルディグリー・プログラムを始めており、TUJの学生向けにも同様のプログラムと大学院プログラムの連携を開始します。今回の移転を通じて、両大学のキャンパスが近接し、より広く深いつながりの構築に向けて弾みがつくでしょう。TUJと昭和女子大学は、行動規範、運動施設の利用、それぞれのキャンパスの利用など両大学の結びつきに関わる付属的問題についてもさまざまな取り決めを実行しています。

もちろんすべてが夢のようにはいかないでしょう。多くの機関においてなかなか「有言実行」が進まないのは、機関の枠組みを変えることは難しく、時には痛みを伴うからです。私が昭和女子大学のことだけを言っているとは思わないでください。私は昭和女子大学とTUJ両方のことを言っているのです。多様性の現実を受け入れること、他人の考えや主義を受け入れること、自分の意見、信条、および/または行動と合わない他者の感性を理解すること、統合した文化の日々の現実の出来事と折り合いをつけることにオープンであり誠実であること、これらは誰にとっても、どんな個人にとっても簡単なことではありません。昭和女子大学とTUJは 約束を交わしました。私たちは共に前進します。そうすることで、私たちの築く異文化間協力が、すべての人のための高等教育におけるパラダイムシフトを起こしていくでしょう。