教務担当副学長の月刊コラム「大学の教育を値段に見合ったものにするために」

教務担当副学長のジョージ・ミラーが、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)と彼の東京での生活について月に一度のコラムをお届けします。今回は、大学に行くことの価値とコミュニティを築くことの大切さについて書いています。


先日、学生が話しかけてきて、2つのアメリカのトップ大学の大学院、つまり世界でも最高レベルの高等教育機関に合格したと教えてくれました。

「すごいね、おめでとう!」と私は答えました。

彼女も喜んではいましたが、現実問題に少し水を差されていました。授業料と生活費があわせて約130,000ドル(約14,500,000円)になるからです。

「その価値はありますか?」と彼女は聞きました。

私はどう答えるべきか分かりませんでした。

教育の価値を、そして、大学という投資の見返りをどう測ればいいのかわかりません。エリート大学の極端に高額な費用をどう正当化するべきなのかも本当にわかりません。

この会話をしたのは、アメリカの6つの州で50名が、複数の大学に関連する大規模な裏口入学スキャンダルで起訴されるというニュースが流れる前日のことでした。裕福な親たちが子どもを大学に入れるために、8年間に2500万ドル以上支払っていたというのです。

そのスキャンダルが発覚すると、私のSNSフィードは大学なんてインチキだという投稿でいっぱいになりました。

これは2007年、世界的な経済破綻の直前に私がフルタイムの教授になって以来どんどん増えてきた主張です。世界経済が破綻して仕事が減ると、親やその子どもたちは、大学に行く価値があるのか疑問に感じ始めました。大学は本当に必要なのか?

良い職に就くために学位が必要だという答えでは十分ではありません。多少の真実はありますが、大学の教育を受ける真の目的とは違います。
雇用側が大学で教育を受けた人材を欲しがるのは、大学について一定の仮説があるからです。大学での体験によって、世界を包括的に捉えられるようになり、分析的思考力やコミュニケーション力などの能力が身につくだけでなく、将来のキャリアに特化した訓練も得られるからです。

教育に携わる我々としては、実際的な質問に対して実用的な答えを出す必要があります。

大学の値段に疑問を持つ人に対しての私の答えはこうです。確かに学費の高騰は異常です。大学教育は公益ととらえて市民によって助成されるべきだと考えています。

しかし、大学がもたらす利点は、就職する能力をはるかに超えると考えるべきです。

大学に入って支払うのは、授業での体験や図書館へのアクセス、他の教育サービスやリソースへのアクセスのためだけではありません。あるコミュニティーに属するためにお金を払っているのです。そして、そのコミュニティーはこれから一生頼りにできるサポートシステムに成り得るのです。

私が学部生だったころ、 Andrew Ciofalo教授(下の写真)の授業をいくつか受けました。彼はブルックリン生まれの元ジャーナリストで、さまざまなライティングやコミュニケーションのコースを教えていました。 彼のクラスは実践的でした。問題を提示して、私たちに解決を迫りました。楽しかったので、それが教育だとさえ考えなかったくらいです。

当時はジャーナリストを目指していたので、教授に彼の母校のコロンビア大学ジャーナリズム大学院への進学を勧められました。私がそこに入ったら、イタリアのジャーナリズム・プログラムに講師として連れて行ってあげようと言われました。

卒業してからも教授と連絡を取り合いました。コロンビア大学への推薦状の1つも彼が書いてくれました。コロンビアを卒業してから、イタリアのことを聞くと、まだ始まっていない、もうすぐ始まる予定だと言われました。

約束から10年経ったある日、彼のオフィスに立ち寄ると、イタリアのマルチメディア・ジャーナリズムのプログラムのポスターがドアに貼ってありました。

「約束しましたよね!」と私は言いました。

そして、教授は私を招待してくれました。私は彼と一緒にイタリアで5つのサマー・プログラムを教えました。最高のジェラートを探してイタリアの田舎をドライブしながら、学校やジャーナリズムの話をしました。

教授は最近ロシアに引っ越したので、遊びに行くことを話しています。彼は私にとって大学の教授というだけではなく、家族のような存在になったのです。

学部生の時、私はそのためのお金を払っていたのです。ルームメート、一緒に野球をした学生たち、大学新聞の学生ジャーナリストたちなど、さまざまな人たちと一生続くつながりを作ったのです。

自分の学生たちとも、同様の関係を築けるよう努力しています。

クリス・バンクスという私の元学生が1人います。私は東京、彼はフィラデルフィアにいるのにも関わらず、2007年に彼が私の講義を受講して以来 、週に数回連絡を取り続けています。もう1人の元学生、トミー・ローワン(下の写真)は、1月の私の結婚披露宴で乾杯の音頭をとってくれました。

私の卒業生の一人、マリ・サイトウは現在東京に住んでいてジャーナリストとして働いているので、時々会って話をします。2008年に彼女が東京でインターンをしていた頃と変わりません。テンプル大学ジャパンキャンパスの麻布校舎に初めて私を連れてきてくれたのが彼女でした。

学生たちにはテンプル大学の大学コミュニティーに参加するよう促しています。学生サービス部が企画する旅行に参加するだけではダメです。学生サービス部で働く人たちと知り合いになるのです。アカデミック・アドバイザーたちと時間を過ごして、共通の経験や関心事を探すのです。自分が目指すキャリアとは関係のない学生団体に参加して、他の学生のことを知り、人生における色々な可能性を探るのです。授業を受けていなくてもオフィスアワーに教授を訪問してください。質問をして、少し学んで、お互いに頼りあえる、ずっと続く関係を築くのです。

大学がネットワーク構築のためにあると言っているのではありません。総合的に幅広く学ぶこと、そして、クラスルームを飛び越えテンプル大学を卒業してからも持続していく教育について話しているのです。

大学教育がなくても、それがどのような意味であれ、人生において成功できるのは間違いありません。

でも同じ興味と情熱を持ち、調子が良い時でも悪い時でも連絡が取り合える仲間がいた方が、人生はずっと豊かになります。

そのコミュニティーに、私はどのように値札をつければいいのかわかりません。