教務担当副学長の月刊コラム「インスピレーションを与えてくれる人々に囲まれて」

教務担当副学長のジョージ・ミラーが、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)と彼の東京での新生活について月に一度のコラムをお届けします。今回は、彼に、より良いことをするためのインスピレーションを与える教職員について書いています。


食事が終わる頃には、話が盛り上がっていました。アジア研究学科の教授陣が、日本での生活や中国で見てきたこと、また、その他諸々について、気さくに話していました。

「天安門事件の時はどこにいましたか?」と、デビッド・サターホワイトが、阿南・ヴァージニア(ジニー)に尋ねました。阿南は、長年テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)で教鞭をとっていて、退職を間近に控えていた当日の主賓でした。

阿南は、1989年のデモ隊による抗議活動が起きた時は、中国にはいなかったと答えました。しかし、天安門事件後の中国の状況、つまり、流血沙汰で幕を閉じた数カ月間にわたる緊張に対して、国民と政府がどのような対応をとったかについて話してくれました。

彼女が、あまりにも専門的な知識と詳細な内容を交えて話すので、つい私は「中国で何をしていたのですか?なぜそこにいたのですか?」と、質問していました。 

「夫が在中国日本国大使だったのです。」と、彼女は答えました。

日本の元大臣である彼女の夫君は、当時、合計約12年もの間、断続的に中国大使を務めていました。彼女は、英語と日本語を流暢に話す上に中国語も話し、さらに日本語で中国についての本を著しています。ジニーは著名人と結婚しているだけでなく、東アジアの文化と歴史の研究において第一人者でもあるのです。 

さらに彼女は、片道1時間以上かけて通勤しながら、非常勤講師として12年以上もの間教鞭をとってきたのです。

私はテーブルを見回しながら、TUJのこの素晴らしい教授陣について考えはじめました。デビッド・サターホワイトは、以前日米教育委員会(フルブライト・プログラム)の事務局長を務めていました。彼の家族は、第二次世界大戦後の京都に病院を設立しています。若者のメンタルヘルスの問題を研究するオックスフォード大学卒の人類学者である堀口佐知子、都市と経済を研究するベンジャミン・バンサル、27年間TUJの司書を務めているトム・ボードマン、TUJで最も多作な学者であり、ついて行くのが難しいほどの速さで記事、章、本を執筆しているジェフ・キングストンらが席にいました。

TUJの新任教務担当として、本学の教員が有する専門知識について謙虚に学ばせてもらっています。

最近、私は2018年の本学教授陣の学術的・創造的制作活動を一覧にしてみました。すると、数百にものぼる記事、何十もの書籍の章、数多くの本がありました。本学の教授陣は、ベルファストからニュージーランド、そして、その間にある数多くの場所にある世界中の機関から講演に招待されています。また、プリンストン大学、早稲田大学、ニュースクール大学などの著名な大学で、TUJの代表として研究発表を行っています。

彼らはアートの分野でも思想の分野でもリーダーであり、その彼らの知識がTUJの授業にもたらされているのです。

オリエンテーションで学生に説明をするアート学科の教授

私は決して従来型の学者ではありませんでした。学術的な世界に入る前は、フィラデルフィアでジャーナリストをしていました。テンプル大学の本校という、教えるのに完璧な場所を偶然見つけたのです。

テンプル大学では、自分が地方、国家、国際レベルでの視点で見ていた、産業および公共サービスとしてのジャーナリズムの方向性について講義しました。しかし、市や周辺地域ととても密接な関係を持っていたので(そこで育ち、キャリアのほとんどすべてをそこで過ごしていたので)、学生が毎日見聞きしていることと直接関わりながら、地元にとりわけ焦点を当てました。

フィラデルフィア黒人ジャーナリスト協会のメンバーのみなさんと講義の後で

PhiladelphiaNeighborhoods.comというジャーナリズムのキャップストーンクラスを受け持った時、自分のリソースとネットワークが力を発揮しました。学生が近隣地区についてのマルチメディア・プロジェクトに取り組んでいた時、知り合いの地域活動家やビジネスリーダー、政治家と学生をつなげることができました。また、街のニュースについて、最近の経緯を含む歴史的な背景を提供することができました。

教授として働く傍ら、私は独立系の音楽雑誌を8年間にわたって出版しました。その経験が私の都市生活における専門知識を一層深めました。

各種機関から、独立系メディア、起業家的ジャーナリズム、音楽、フィラデルフィアをテーマにしたスピーチをしてほしいと招待されることがしばしばありました。ほとんどの場合、引き受けました。歴史的にフィラデルフィア市のための大学である公立のテンプル大学における私の仕事は、より素晴らしい地域社会のためのリソースとなることであると感じていたからです。

TVインタビューを受けるジョージ

東京では、そういった専門性やネットワークをまだ築けていないので、気がつけば教授陣とスタッフに頼っています。彼ら自身や彼らの仕事についてはもちろんのこと、東京や日本についても教えてもらっています。素晴らしい体験になっています。

先日出席したアート学科の教授の渡部真也の結婚式ではアート界の著名人たちがパフォーマンスを披露していました。心理学研究のダリユシュ・スコブロインスキーは、日本のセクシャルアクティビティの歴史、そして現代の見解と200年前のものとは、どう根本的に違うか私に説明してくれました。

就職部ディレクターの澤健太郎は、ジャズ音楽の中心地として知られる彼の自宅周辺を案内してくれました。本学の知的遺産研究の教授陣と一緒に何度か食事をし、学習の技能、教育学、そして知識の価値について最高に素晴らしい会話をして過ごしました。

数カ月前には、ジェフ・キングストンが、彼の友人で日本の野球のエキスパートである、ロバート・ホワイティング氏との夕食に連れて行ってくれました。彼の本を全て読んでいて大の野球ファンである私としては、感動のひとときでした。

TUJでは、私は常に、より大きな、そしてより良いことをするためのインスピレーションを与えてくれる人々に囲まれています。 毎日が学習であり、彼らが提供し得るあらゆることを吸収しています。