学長室だより

グローバル化への対応

2016年12月21日

テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)はまさにグローバル教育実践の場です。米国の一般的な大学教育スタイルが良い市民を生み出すようデザインされているとすれば、TUJの教育は良いグローバル市民を生み出すようデザインされていると言えます。私たちは多様な文化、宗教、民族や国家的背景を持つ人々を相互の関わりを通じて教育することにより、学習環境における多様性というものが、世界を担い活躍する卒業生たちに充分な準備をさせる重要な要素になると考えています。私たちの取り組みが国際社会の求めものと合致していることは、学部生数が2013年秋の723人から今秋の1,076人へと継続的に増加した事実に現れています。前回の学長室だよりで述べたように、グローバル化はコミュニケーションや情報テクノロジーの避けられない結果です。しかし私たちは、今日の世界の多くの人々が今なおグローバル化を脅威と感じていることに正直に言及しなければなりません。

ドナルド・トランプ氏が次期大統領に選出されるという予想外の結果が生まれた理由については様々な指摘がありますが、私はそれはアメリカ政治の2つの根源的伝統、ひとつは古く、ひとつは新しいものに集約されると考えています。古いほうの伝統とは、いわゆる"エリート"、つまり政治およびメディアのエスタブリッシュメント(支配階級)に対してアメリカ人の多くが抱く根強い不信感です。アメリカの歴史を知る人は、この選挙はアダムズがジャクソンを逆転した1824年の選挙の再現だと認識しています。新しいほうの伝統は過去45年ほど存在してきた、エスタブリッシュメントに対する従来からの不信感とグローバル化への恐れとが結合したものです。

しかし、これはアメリカだけの現象とは言えません。私たちは最近、英国のEU離脱国民投票、TPPへの反発、ロシアのプーチニズム、海洋法における国連の仲裁結果を中国が軽視していること、"ブルキニ(イスラム教徒用の全身水着)"に対するフランスの反応など、古風なナショナリズムの台頭を見てきました。真実を言えば、人は今も自分が所属する場所、アイデンティティを定義するグループ、そして集団の安全を必要としています。残念なことに、何千年にもわたって自分のグループを定義づける最善の方法は他のグループとの差別化です。

私が国際関係と国際法を学ぶため1974年にフレッチャー法律外交大学院へ行ったとき、その分野のだれもが、自分たちが国際関係において統合と超大国形成の時代の幕開けにいることを理解していました。第二次世界大戦は30年前に終わったばかりで、出身国にかかわらず私たちの大多数にはその世界的紛争を経験した近しい親族がいました。"2度と繰り返さない"という理想には真の意味がありました。たとえ植民地主義者たちの生き残りによるものだとしても、発展途上国を支援する国際機関としての世界銀行の役割には真の意味がありました。必要な経済機構としてだけでなく、文化交流手段としての貿易には真の意味がありました。アイン・ランドよりレイチェル・カーソンがよく知られていた時代でもあり、生態学、つまり世界的相互作用の科学が認知され始めたばかりでした。

しかし、つながり合い統合された世界への私たちの理想主義的熱意すべてをもってしても、単なる修正版国民国家システム以上のものとしてやって来る新たなシステムを理解する準備が本当にできていた人はほとんどいませんでした。ウィーン会議で近代国民国家システムの基礎が据えられてから200年しか経っておらず、ベルサイユ条約によって国民国家システムが真に支配的になってから100年しか経っていません。これらは人類の政治的、経済的発展の歴史の中では比較的短期間であるにもかかわらず、国民国家システムは自らがほぼ制御不可能であることを証明し続けてきました。これは人間心理と定義付けのゴルディロックス・モデル――大きすぎず、小さすぎず――に適合するからでしょうか。それともこの機構自体が、国家による教育と政治教化によってこうした心理的結びつきを永続させるからでしょうか。

いずれにせよ、今日の世界の生産様式は境界線のない情報とコミュニケーション・テクノロジーによるものであり、生産要素の相対的流通が意味するのは貿易抜きに経済発展はありえないということです。加えて、世界人口の増加、結果としての経済需要、それらの需要を満たす化石燃料の使用のすべてが意味するのは、問題にも解決策にも境界線がないということです。これは40年前も真実でしたし、現在においてもなお一層真実です。互いに協力して複数関係者の利益を追求するべきで、ゼロサム的解決策を追求してはならないことを諸国家が認識している限り、国民国家システムには何の問題もありません。

これこそが、TUJの学生が互いに学び合うことが非常に重要である理由です。彼らは個々がアイデンティティを自分の内に見出すことは必要だとしても、他者によってアイデンティティを見出し、他者に共感する余地もあることを学んでいるのです。TUJは、グローバル化の現実的な取り扱い方を理解する未来のリーダーを教育する責任の一端を担い、日々尽力しています。