学長室だより

日本の高等教育のグローバル化を促進するTUJの役割

2015年9月29日

前回の「学長室だより」で、TUJ学部在籍生数の伸びとTUJへの関心が昨今新たに高まっている理由について書きました。今回の「学長室だより」を始めるに当たり、TUJがますます発展していることをお伝えしたいと思います。2015年夏学期の在籍生数もきわめて堅調であっただけでなく、この秋学期には900人を超える学部生が在籍することとなり、過去の最高値を大きく上回る開学以来の記録となりました。TUJの全教職員は、数々の困難を乗り越え、素晴らしい教育機関であり続けてきた努力と実績を誇りに思い、その積み上げたものの恩恵を感じています。

30年以上にわたる私たちの成功、とりわけ今の成功を鑑み、私は教育機関としてのTUJをより広義で見ていくことが重要だと考えます。米国テンプル大学の分校として年月を重ねるにつれ、TUJは極めて発達した高等教育機関へと成長を遂げました。日本で運営される外国の高等教育機関という役割において、そして米国の大学がどのように運営され学生を教育しているのかという事例の代表として、日本の他の大学からますます注目を集めるようになりました。

米国の大学はグローバル社会の中でも最も競争力が高いと認識されているため、日本の大学の国際化と改革は多くの側面において米国の大学をモデルとしています。ときに「米国式」という表現が人の注意をそらしてしまうことがあります。それは、他者の模範として挙げられる全ての「米国式」に対する非常に分かりやすい反射的な反応があるからで、終戦直後米国が日本を支配していた事実そして戦後20~30年の日米関係の歴史がそうさせているのかもしれません。

「米国式」という表現に焦点を当てると人々の目を本題からそらしてしまいますが、なにをモデルにしようとも、日本で改革とグローバリゼーションが必要なのは確かです。日本が根源的に専心すべきは、大学でも、ビジネスでも、政府機関でも、いかなる組織であっても、グローバル市場にいかに適応するかを学ぶことです。日本の大学では、他の組織同様、社会的、教育的、そしてビジネス上の戦後の慣行を変える必要性を認識する改革者もいる一方で、根源的なグローバル化の変革、あるいはほかのどんな変化であろうとも自身の属する組織や機関がどこか日本的でなくなることに恐怖を抱く人たちも多くいます。19世紀半ば同様、日本が生き残るためには、日本であること、また日本的であることの新たな意味づけを創造できるかにかかっていることに向き合わねばなりません。過去に、日本は相当閉鎖的なシステムを保持してきました。日本の大学は、日本で生活し、日本の企業や他の雇用主のニーズに応えるために学生を教育してきました。卒業生が日本国内に残っている分にはそれも通用しましたが、いまの時代、日本の企業はグローバル社会で活躍できる人材を求めています。それは戦後続いてきた日本の大学の伝統的な指針や慣行がいま変化を求められていることを意味します。これは日本人だけでなく世界中すべての国が直面している難問です。しかし、国によって改革や適応能力は一様ではありません。

1960年代、70年代、80年代の「ジャパン・インク」全盛期には、多くの日本企業がこのトレーニングを社内で行っていたであろうことも確かです。しかし、バブル崩壊後、とりわけ現代日本では、企業に人材育成のための多額の教育研修予算はなく、働く側も同じ会社で一生を過ごすことは少なくなっています。企業は入社後グローバル舞台で即戦力となる卒業生を大学が輩出することを期待しています。

TUJは日本の大学の国際化とグローバル競争力を高める上で重要な大学運営と教育の分野で、日本の大学と協働する媒介の役割を果たしています。これは6月末に米国大使館で開かれたTUJ主催のシンポジウム「グローバル競争力を高める大学運営」でも明らかになりました。ここ1~2年、米国の大学運営施策や慣行について意見交換をするため、日本の大学から多くの教職員がTUJを訪れました。それを受けて、もっと系統立てた形で説明と実証を行う時が来たと判断したのです。シンポジウムは大使館との共同で計画され、米国の大学の重要な機能のうち、アカデミック・アドバイジング(教務)、学生サービス、キャリア開発の3分野の機能をどのように遂行しているか、日本の大学関係者向けに実務的な説明を行いました。シンポジウムには、約40大学からの教職員のほか、ジャーナリスト、教育関係者含め、80人が参加しました。

最後に、TUJの最高教務責任者兼副学長に新たに就任したアリスター・ハワード をご紹介します。アリスターは米国本校の教養学部で過去15年間教鞭を執り、その間、大学運営にも携わってきました。TUJに彼を迎えられたのはとても幸運なことです。また着任3カ月ほどですが既に多くの成果を上げています。