学長室だより

前進のとき

2011年6月23日

前回このコラムを書いたのは約4ヶ月前の3月3日でした。その後あまりに多くのことが起こったためでしょうか、もっと前のことのように感じます。

いまこれを書いている今日は、夏至です。1年の半分が過ぎ、夏学期も半分が過ぎ、そしてこれから蒸し暑い夏がやってきます。我々は普通、暦に沿ってものごとのサイクルを考えますが、今年はだれもが、3月11日から始まった「新しいサイクル」を意識していることでしょう。あの日に生じた様々な問題への対処は終わっていませんし、すべてはまだ記憶にも新しい。でももう前を向くときが来ています。

この夏は節電の夏です。エアコンを弱めて団扇と浴衣とカキ氷で涼をとる—東京は1960年代のように見えるかもしれませんが、これはあながち悪いことではなく、むしろ懐かしい心地よさを感じるかもしれません。東北の被災地の復興には時間がかかるでしょう。東京への間接的な影響も長く残るでしょう。しかしいま、東京もテンプルジャパンも速やかに平常に戻りつつあるのは確かです。

(最中に地震がおきた)春学期を無事終了できたことは、テンプルジャパンにとって偉業といえるものでした。6月の卒業式の最後に、ハート総長と米国大使館のフィッツジェラルド氏と私とで達磨の目を入れたのは、この達成を象徴したものです。

そしてこれからは将来の計画に集中していきます。

今回の危機は、テンプルジャパンの存在意義を再評価し、将来の発展のためにどんな教育プログラムを開発すべきなのか、改めて考える機会を与えてくれました。新プログラムとして考えられるものには、学位取得を目的としない様々なコース、たとえば小中学校教員向けの英語研修や、日本企業向けのビジネス法に関する教育、日本の大学職員向けの能力開発なども含まれるでしょう。特に、多国籍企業や日本企業と協力したプログラムをもっと開発して、人材育成を通じて彼らのグローバル競争力向上に寄与したいと考えています。

先般発表したゴールドマン・サックス・持田奨学金についても、この文脈でお話ししたいと思います。ゴールドマン・サックス証券会社社長の持田昌典氏が、ゴールドマン・サックスのチャリティ支援基金である「ゴールドマン・サックス・ギブス」からの資金拠出をご推薦いただいたことで実現したこの奨学金は、テンプルジャパンで学ぶ意欲を持ちながら経済的に困難な状況にある学生を支援するものです。そうした学生にテンプルで学ぶ機会を提供することで、世界で活躍できる日本の新しいリーダーを育てることができる、すばらしい奨学金です。また大震災で被災した学生を支援する施策ともなります。さらに、2つの重要な米国の組織が協力して日本の将来を支援するという意味でも、実に適切なものと言えるでしょう。それが私の次のポイントにつながります。

第二次世界大戦後の日米関係は、近代史上最も興味深いもののひとつです。なぜか?国際関係論においては、「二国間同盟はしばしば軍事的もしくは経済的な必要性に基づいており、文化的に深い絆や相似性を持つ二国間の同盟が、最も強く最も長続きする」というのが定説だからです。これは何十年も前にカール・ドイッチュが提唱した説です。ところが、日米関係を見るとこれがまったく当てはまりません。伝統、宗教、文化、社会的慣習、ものの考え方、どれをとってもほとんど共通項がないのです。25年にわたって両国は太平洋の覇権を争い、日本はアメリカの太平洋艦隊に奇襲攻撃を仕掛け、アメリカは日本に核爆弾を落とした。なのに、この憎き敵国同士はどういうわけか、近代史上最も長く最も安定した同盟のひとつを作り上げたのです。

私は、この偉大な二国間の絆と、テンプルジャパンがその中で果たすべき役割について、常に考えてきました。テンプルジャパンは日米以外の国からも多くの学生や教職員が集まる、国際的な教育機関です。一方で我々は、「日本にあるアメリカの大学」を標榜し、明らかに米国の教育機関として存在しています。この立ち位置特有の難しさはもちろんありますが、同時にテンプルと日本社会双方にもたらされる利益も明白です。そして今回の危機に面したとき、テンプルジャパンの、すなわちテンプル大学としての日本へのコミットメントは、やはり誰の目にも明らかだったのでした。

テンプルジャパンは来年30周年を迎えます。そして少なくとも30年後も、我々はここにいるでしょう。危機は終わり、平常に戻り、将来を語るときが来ています。この在日米国大学を、世界中から集まる学生の利益となるべく世界基準の教育機関として発展させていく—この終わりのないプロセスとともに、我々は前進していきます。